短刀 村正
商品番号:20260908-001
短刀 村正
鑑定書:保存刀剣(特別保存審査中)
時代:室町時代
白鞘 肥後短刀拵付
寸法:
長さ:29cm
反り:0.3cm
元重:4.7 mm
元幅:30.5mm
村正は、伊勢国桑名を拠点として活躍した刀工であり、後世「妖刀村正」の名で広く知られる存在です。
村正が「妖刀」と呼ばれるようになった背景には、徳川家との因縁をめぐる数々の逸話があります。徳川家康の祖父・松平清康、父・松平広忠が村正の刀によって命を落としたとされるほか、家康の嫡男・松平信康が切腹した際、その介錯に村正が用いられたとも伝えられています。また、家康自身も村正作の槍によって負傷したという逸話が残されています。
こうした逸話が重なったことから、村正は徳川家に災いをもたらす不吉な刀として忌避されたとされ、一説には村正の所持を禁じる触れが出されたともいわれています。そのため、現存する村正の中には、銘を削り取ったものや、銘を改変したと考えられる作例も少なくありません。
一方で、この「徳川家に祟る妖刀」というイメージを逆手に取り、徳川家に反感を抱く大名や武士たちが、あえて村正を求めたという伝承も知られています。
もっとも、村正を徳川家が一貫して恐れ、排斥していたという話については、後世に形成された伝説的な要素も大きいと考えられています。村正は当時から優れた刀工として評価され、その作品を所持していた上級武士も多かったことから、結果として村正の刀が刃傷事件などに関わる機会が多くなった可能性も考えられます。
実際には家康自身も村正を所持していたとされ、現在まで徳川家ゆかりの村正が伝来しています。こうした事実からも、村正は単なる「妖刀」という言葉だけでは語り尽くすことのできない、歴史的にも非常に興味深い刀工であったことがうかがえます。
本刀は、銘字の書風および茎の仕立てなどから、二代村正の作と鑑せられる一振です。出来栄えに優れるのみならず、地鉄・刃ともに健全な状態を保っている点も大きな魅力です。
また、本刀には刀剣研究の第一人者として知られる田野邉道宏探山先生による詳細な鞘書が記されており、本刀を鑑賞するうえでの大きな見どころのひとつとなっています。
さらに、落ち着いた趣と力強さを併せ持つ肥後風の短刀拵が付属しており、刀身のみならず拵を含めた総合的な鑑賞性の高さも本刀の魅力です。古雅で引き締まった意匠は村正の持つ鋭い印象ともよく調和し、一層存在感のある一振となっています。
村正ならではの歴史的背景と伝説性、そして刀そのものが持つ確かな出来を併せ持つ、非常に興味深く魅力ある一振です。
Active in Kuwana, the swordsmith Muramasa is legendary for creating the "Demon Blade."His ominous reputation stems from tragic ties to the Tokugawa family; lore claims his weapons killed Tokugawa Ieyasu’s grandfather and father, and injured Ieyasu himself. This cursed image allegedly led to an official ban, forcing owners to alter the signatures (mei) on their blades. However, this rejection is largely a later myth. Muramasa was simply a highly skilled smith whose popular blades frequently appeared in historical incidents. In fact, Ieyasu himself owned several pieces.This blade is attributed to the second-generation Muramasa, featuring an exceptionally healthy jihada and hamon. It includes a detailed sayagaki by Tanobe Michihiro, a top sword authority, and is housed in an elegant, dignified Higo-style koshirae. It is a masterful piece combining historical intrigue, verified artistry, and elite provenance.
短刀 村正
鑑定書:保存刀剣(特別保存審査中)
時代:室町時代
白鞘 肥後短刀拵付
寸法:
長さ:29cm
反り:0.3cm
元重:4.7 mm
元幅:30.5mm
村正は、伊勢国桑名を拠点として活躍した刀工であり、後世「妖刀村正」の名で広く知られる存在です。
村正が「妖刀」と呼ばれるようになった背景には、徳川家との因縁をめぐる数々の逸話があります。徳川家康の祖父・松平清康、父・松平広忠が村正の刀によって命を落としたとされるほか、家康の嫡男・松平信康が切腹した際、その介錯に村正が用いられたとも伝えられています。また、家康自身も村正作の槍によって負傷したという逸話が残されています。
こうした逸話が重なったことから、村正は徳川家に災いをもたらす不吉な刀として忌避されたとされ、一説には村正の所持を禁じる触れが出されたともいわれています。そのため、現存する村正の中には、銘を削り取ったものや、銘を改変したと考えられる作例も少なくありません。
一方で、この「徳川家に祟る妖刀」というイメージを逆手に取り、徳川家に反感を抱く大名や武士たちが、あえて村正を求めたという伝承も知られています。
もっとも、村正を徳川家が一貫して恐れ、排斥していたという話については、後世に形成された伝説的な要素も大きいと考えられています。村正は当時から優れた刀工として評価され、その作品を所持していた上級武士も多かったことから、結果として村正の刀が刃傷事件などに関わる機会が多くなった可能性も考えられます。
実際には家康自身も村正を所持していたとされ、現在まで徳川家ゆかりの村正が伝来しています。こうした事実からも、村正は単なる「妖刀」という言葉だけでは語り尽くすことのできない、歴史的にも非常に興味深い刀工であったことがうかがえます。
本刀は、銘字の書風および茎の仕立てなどから、二代村正の作と鑑せられる一振です。出来栄えに優れるのみならず、地鉄・刃ともに健全な状態を保っている点も大きな魅力です。
また、本刀には刀剣研究の第一人者として知られる田野邉道宏探山先生による詳細な鞘書が記されており、本刀を鑑賞するうえでの大きな見どころのひとつとなっています。
さらに、落ち着いた趣と力強さを併せ持つ肥後風の短刀拵が付属しており、刀身のみならず拵を含めた総合的な鑑賞性の高さも本刀の魅力です。古雅で引き締まった意匠は村正の持つ鋭い印象ともよく調和し、一層存在感のある一振となっています。
村正ならではの歴史的背景と伝説性、そして刀そのものが持つ確かな出来を併せ持つ、非常に興味深く魅力ある一振です。
Active in Kuwana, the swordsmith Muramasa is legendary for creating the "Demon Blade."His ominous reputation stems from tragic ties to the Tokugawa family; lore claims his weapons killed Tokugawa Ieyasu’s grandfather and father, and injured Ieyasu himself. This cursed image allegedly led to an official ban, forcing owners to alter the signatures (mei) on their blades. However, this rejection is largely a later myth. Muramasa was simply a highly skilled smith whose popular blades frequently appeared in historical incidents. In fact, Ieyasu himself owned several pieces.This blade is attributed to the second-generation Muramasa, featuring an exceptionally healthy jihada and hamon. It includes a detailed sayagaki by Tanobe Michihiro, a top sword authority, and is housed in an elegant, dignified Higo-style koshirae. It is a masterful piece combining historical intrigue, verified artistry, and elite provenance.



