脇差 和泉守兼重 新刀 上々作 良業物
商品番号:20260113-001
脇差 和泉守兼重(宮本武蔵の愛刀) 新刀 上々作 良業物
明暦三年二月十日 山野加右衛門永久(花押)ニッ胴片手ニテ
鑑定書:特別保存刀剣(令和七年九月審査)
時代:江戸時代前期
時代拵入
寸法:
長さ:49.2cm
反り:0.8cm
元重:5.8mm
元幅:28mm
先重:4.5mm
先幅:20mm
和泉守兼重は、江戸新刀を代表する名工です。
『古今鍛冶備考』によると越前出身で、江戸に出て藤堂家に抱えられ和泉守を受領しました。
作刀は少ないものの、地鉄の鍛えが強く、地、刃、茎仕立て、姿に特徴があります。
試刀家である山野加右衛門永久・勘十郎久英親子による金象嵌試し銘が多く残されており、試し銘を継続的に施した第一人者です。虎徹や大和守安定、法城寺正弘の刀に試斬金象嵌銘を入れるようになったのが、全部兼重から影響されていたと言っても過言ではありません。
和泉守兼重の地鉄の鍛えは強く、地、刃、茎仕立て、姿の特徴から虎徹の師匠と言われている。
逸話もついでにご紹介しましょう。
和泉守兼重が藤堂家のお抱え刀工になる際に宮本武蔵の口添えがあったと伝わっている。宮本武蔵の自作拵えとして名高い「武蔵拵え」の中身は、二尺七寸五分の和泉守藤原兼重銘の刀である。武蔵の形見分けの際、大小を養子の宮本伊織に送ったが、大刀は肥後に返され戦前まで熊本に所在した。現在行方不明。いつか発見されると面白いですね。
新選組の藤堂平助の愛刀でもあったという。浪人身分であった藤堂平助が兼重を愛刀として所持できたのは、伊勢津藩藤堂和泉守高猷の落胤だったからなどと諸説がある。
脇差 和泉守兼重(宮本武蔵の愛刀) 新刀 上々作 良業物
明暦三年二月十日 山野加右衛門永久(花押)ニッ胴片手ニテ
鑑定書:特別保存刀剣(令和七年九月審査)
時代:江戸時代前期
時代拵入
寸法:
長さ:49.2cm
反り:0.8cm
元重:5.8mm
元幅:28mm
先重:4.5mm
先幅:20mm
和泉守兼重は、江戸新刀を代表する名工です。
『古今鍛冶備考』によると越前出身で、江戸に出て藤堂家に抱えられ和泉守を受領しました。
作刀は少ないものの、地鉄の鍛えが強く、地、刃、茎仕立て、姿に特徴があります。
試刀家である山野加右衛門永久・勘十郎久英親子による金象嵌試し銘が多く残されており、試し銘を継続的に施した第一人者です。虎徹や大和守安定、法城寺正弘の刀に試斬金象嵌銘を入れるようになったのが、全部兼重から影響されていたと言っても過言ではありません。
和泉守兼重の地鉄の鍛えは強く、地、刃、茎仕立て、姿の特徴から虎徹の師匠と言われている。
逸話もついでにご紹介しましょう。
和泉守兼重が藤堂家のお抱え刀工になる際に宮本武蔵の口添えがあったと伝わっている。宮本武蔵の自作拵えとして名高い「武蔵拵え」の中身は、二尺七寸五分の和泉守藤原兼重銘の刀である。武蔵の形見分けの際、大小を養子の宮本伊織に送ったが、大刀は肥後に返され戦前まで熊本に所在した。現在行方不明。いつか発見されると面白いですね。
新選組の藤堂平助の愛刀でもあったという。浪人身分であった藤堂平助が兼重を愛刀として所持できたのは、伊勢津藩藤堂和泉守高猷の落胤だったからなどと諸説がある。



